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名門オックスフォード大学で起きた悲劇、「聖スコラスティカの日の乱闘」について

   

 

オックスフォード大学と言えば世界でもトップレベルの優秀な大学だが、かつてその名門大学で歴史に残る悲惨な事件が発生したことがある。
それが「聖スコラスティカの日の乱闘」である。
スコラスティカとは修道女でありカトリック教会・正教会の聖人で、2月10日は彼女の祝日であった。
1355年の2月10日、聖スコラスティカの日にバーで飲んでいたオックスフォード大学の学生二人が、その店のオーナーにワインの質が悪いと文句を言った。
それに対してオーナーが強い言葉で言い返すと、学生はオーナーの頭めがけてコップを投げつけ、殴り飛ばしたそうだ。
この一見ささいなバーでのいさかいが、オックスフォード大学の学生と町の住民との3日間に及ぶ乱闘に発展する。

Credit:wikipedia(画像)1907年に発行された「聖スコラスティカの日の乱闘」を描いたポストカード。なぜか年が1355年ではなく1354年になっている

Credit:wikipedia(画像)乱闘の発端となったバーがあった場所

人を駆り立てるために大学の教会の鐘が鳴らされると、双方が拳や武器で攻撃しあい、近隣の建物には火が付けられた。
2000人に及ぶ町の住民が大学の講堂に押し寄せ、学生達を殴打し、刺殺した。2日後の2月12日、学生の集団が敗走したことによってようやく乱闘は終結する。
この乱闘によって最終的に63人の学生と30人の住民が命を落とすことになった。
イングランド王エドワード3世はこの事件に関して、オックスフォードの住民に厳しい罰金とペナルティを課した。
その後数百年に渡って、この町の町長は大学の教会のミサに参加し、乱闘で殺害された学生の人数と同じ63ペンスを渡さなければならなかったという。

Credit:wikipedia(画像)町の住人に王の判決文を読み上げている様子

「聖スコラスティカの日の乱闘」は、その当時の町の住人と学生との関係がいかに険悪であったかが伺える事件である。

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